徳川昭武が水戸藩主であった時代にしばしば訪れた現在の千葉県の松戸市に建てた隠居所が戸定邸です。

水戸藩11代藩主であった徳川昭武が別邸として千葉県の松戸市に構え、隠居生活を送ったお屋敷のことです。
狩猟が趣味でしばしば松戸を訪れていた昭武が、隠居の地に、と松戸を選び明治17年(1884年)にこの戸定邸を完成させました。昭武はこの戸定邸で悠々自適な生活を送り、趣味である狩猟や写真撮影、魚釣り、焼き物などを楽しんだといいます。またこの戸定邸は、徳川家の人々が交流する場としても使われました。異母兄である徳川慶喜も戸定邸を愛し、ここしばしば訪れ、昭武とともに趣味を楽しみました。

JR常磐線で、松戸から上野方面に行くとき、電車からこの戸定が丘歴史公園を見つけることができます。民家やビルばかりの風景の中に、一角だけ木々が生い茂り、そこだけひっそりとした空気を漂わせているのです。朝のラッシュ時など、ぎゅうぎゅうの車内からこの風景を見ると、そこだけ明治からずっと変わらないんだろう、という思いを強くします。
昭武は、幕末の動乱期には幕府側の人間として、また明治維新後、伝統的な日本文化と西欧文化が融合していく、という価値観がめまぐるしく変化する中で生きてきた人です。この波乱万丈な人生の余生を、閑とした雰囲気の戸定邸で送ることに決めた理由もわかる気がします。